高知県高知市

「学問をするにはどうも田舎に居てはいかん、先に進んで出ねばいかん」と思い、佐川町の小学校の先生を辞めて、高知の大川筋にある、五松学舎という塾に入った。

入塾したものの、植物・地理・天文の本に興味があったまきのさんは、主に漢文を教えていた五松学舎の講義はあまり聴きにいかなかった。数ヶ月いるうちに、コレラが流行したため佐川に帰った。

高知の師範学校に、神戸の学校から永沼小一郎という先生が赴任してきた。英語ができ、科学や植物に詳しい博学の人で、極めて懇意になり、早朝から深夜まで話し込むこともあった。永沼先生から書物を教えてもらい、まきのさんがそれを読んで内容を教えるということをしていた。